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大阪地方裁判所堺支部 昭和43年(ヨ)370号 決定 1970年1月12日

申請人

日本共産党泉州地区委員会

右代表者委員長

福井駿平

代理人

荒木宏

外三名

被申請人

セントラル硝子株式会社

代理人

益本安造

補助参加人

坂田一彦

代理人

荒木宏

外一名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請人は、

「被申請人は、申請人所属セントラル硝子支部党員等が勤務時間外若しくは休憩時間中に、『学習の友』を読んだり、セントラル硝子労働組合の役員選挙に立候補したり、被申請人堺工場従業員に対して『赤旗』拡大のために接触すること、及び右工場従業員が『赤旗』を購読する等申請人に対する政治的関心を高めることにつき、被申請人堺工場所属課長・係長・班長等の職制又は従業員をして、『申請人は企業破壊者だ』などと虚偽の風説を流布し、且つ公然と侮辱し、或いは上司としての立場を利用して『右支部党員とはつき合うな』などと威圧を加えたり等して、申請人所属右支部の『赤旗』拡大の業務を妨害してはならない。」

との裁判を求めた。

その申請の理由は別紙一及び二記載のとおりである。<別紙省略>

第二当裁判所の判断は次のとおりである。

一申請人の当事者能力及び当事者適格

(一)  疎明によれば、申請人は、日本共産党の大阪府下泉州地区における各支部から選出された地区委員数名をもつて構成され、同党中央委員会の指令に基き、地区内の各支部党員の活動を指導統括する機関であるが、組織的にみれば、政治資金規整法による届出団体であつて同法所定の組織要件を具え、定期的に開かれる地区委員会において選出される地区委員長をもつて代表者とし、その構成員(即ち地区委員)の交替によつて同一性を失うことなく、またその財政面についてみれば、各支部党員が拠出する党費や大衆募金、党機関紙「赤旗」購読代金等を党本部と配分取得してその財産的基礎とし、これによつて固有の土地建物・備品・自動車等の財産を有する団体であることが認められる。右によれば、申請人は民訴法四六条にいう法人に非ざる社団にあたると解して一応差支えないものと思われる。

(二)  次に、本件申請は、申請人の統括下にある「日本共産党セントラル硝子支部」の所属党員(被申請会社の従業員であつて右支部に属するもの、以下支部党員と略称する)が、党活動のゆえをもつて被申請会社から主張のような非難攻撃を受けたということを契機とするものであるが、申請の趣旨及び理由を総合して判断すれば、申請人としては、支部党員各人の個人的法益を云々するのではなく、支部党員に対する非難攻撃を通じて同支部ないし申請人自身の「赤旗」購読者拡大の業務が妨害されたと主張してその妨害の排除を求めるものであり、かつまた、主張によれば、同支部には未だ独立の訴訟当事者となるべき社団の実体はないというのであり、これに反する疎明もないから、結局申請の趣旨との関連において、申請人に当事者適格を肯認してさまたげないものと解される。

二被保全権利

本件申請は、右にもふれたとおり、申請人の「赤旗」購読者拡大活動の自由に基く妨害排除請求権をもつてその被保全権利と主張するものと理解される。およそ人格的、社会的活動の自由(「自由権」と観念することもできよう)に対して他から妨害がなされた場合、直ちにその妨害の排除を求め得るか否かについては見解の対立がないわけではないけれども、当裁判所は、一般的に、自由権が違法な態様によつて侵害せられた場合、被侵害者は不法行為として生じた損害の賠償を求め得るは勿論、更にその侵害が継続する場合は、権利の本来的な姿を維持回復するため、進んでその侵害状態の排除を求めることが許される場合があつて然るべきものと考える(最高裁昭和三九年一月一六日判決民集一八巻一号一頁参照)。このことは、自由権の主体が法人に非ざる社団であつても(自然人のみが持ち得る自由権は別として)もとより同様であろう。

三違法な侵害の有無

(一)  疎明によれば、昭和四二年から四三年にわたり、被申請会社堺工場において、次のような事実があつたことが一応認められる。

(1) 被申請会社堺工場労働組合の昭和四二年度役員選挙に際し、支部党員久保清らが立候補したことに関し、同工場江本課長、池田班長、古谷班長らが、多数従業員に対し、「共産党は企業をつぶす」とか、「アカに入れるな」「打倒民青」などと宣伝したこと。

(2) 右選挙に際し、古谷班長が支部党員重松浩に対し、「代議員に出るのはもう一、二年待つたらどうか」と立候補について再考するよう申し入れたこと。

(3) 池田班長が従業員某に対し、「久保とつき合うな」「会社はアカのブラックリストを作つている」とか、「久保から何か教えて貰つてもそれは共産党がやつているのだから信用するな」などと述べたこと。

(4) 江本課長が女子従業員某に対し、「山直久子はアカだからつき合つてはいかん」と言つたり、課員の会議の席上で折にふれて「共産党は企業をつぶす」などと発言したこと。

(5) 係長、班長等の職制が従業員に対し、「入江が赤旗をすすめに来たが、君はとつたか、彼らが来たらすぐ連絡せよ」などと言つたこと。

(6) 西野課長代理が「恐るべき民青」なる書物を買い入れて一部に廻し読みをしたこと。

その他の個々の主張事実は疏明によつてもなお認めるに足りないものも少くないが、右認定の事実からも看取されるように、被申請会社堺工場においては、総じていわゆる職制等発言権の強い者が日本共産党に対して批判的であつて、同工場内における同党勢力の拡大をきらう言動があり、ことに組合役員選挙において党勢を拡張しようとする支部党員らの企図に対しては強力な反対運動がなされたこと、そのため支部党員らは同工場内における党活動(「赤旗」の頒布拡大等を含む)に著しい困離を感じていることは、優にこれを窺うことができる。

(二)  しかしながら、右のような日本共産党ないし支部党員に対する攻撃的言動が、申請人の主張するように、被申請人自身が(即ち被申請会社の決議執行機関が企業経営の方針として)、現場の職制等をして行わせているものであるとの点については、にわかにこれを肯定するに足る疏明はない。却つて被申請人の疏明によれば、被申請会社堺工場の労働組合は、課長代理以上の者らを除く従業員(したがつて係長・班長等を含む)をもつて構成されているが、同組合はかねて「日本社会党を支持し、日本共産党とは一線を画する」との活動方針を打ち出し、昭和四三年一〇月の定期大会においてもこのことを決議したこと、したがつて支部党員らは組合内におけるいわば少数派の立場にあり、ひとしく組合員とはいいながら社会党支持の多数派との間に相対立反目するところがあつたこと、現に同組合としては、会社に対する本件仮処分申請を知るや、これを共産党による組合内部への干渉と受けとり、これをはね返そうとの宣伝活動をしていることが窺われるのであつて、これらの点からみれば、前認定のような批判攻撃の言動は、多くは組合の前記方針に基き、組合員としての立場においてなされたものとみることがむしろ自然であると解される。もしそうだとすれば、これを被申請人自身に帰せしめることはできないから、本件申請はその前提を欠き、排斥を免れない。

(三)  もつとも、前認定の事実のうちには非組合員たる課長等の言動も含み、また、会社従業員としての立場と組合員たる立場とをしかく明瞭に区別し得るものでもないから、進んで右のような言動が被申請人自身の方針に副つてなされたものであることを想定して考える必要もあると思われる。

もともと、「赤旗」が日本共産党の機関紙であることからも明らかなように、事柄は政党の活動の対象になる個々人の思想の自由ないし表現の自由とも深くかかわる問題であり、これらの基本的人権が公共の福祉に反せざる限り最大限に尊重されねばならぬことは改めて言うまでもない。公けの政党に対し、人がその思想信条に基いて批判を加えまたは攻撃的言論をなすことは、それが思想信条の表明であるかぎり原則的に許されて然るべきであつて、このような批判攻撃に耐え、自らの思想と実践により批判を克服して一般大衆を教化し、支持者を獲得して行くことにこそ政党の生命があると思われる。申請人について言えば、「赤旗」頒布の実践や各般の党活動を通じて、無関心層に対してはその関心を喚起し理解を深めさせ、批判層に対しては説得によりその批判の理由なきを自覚させて共鳴者に変え、もつて「赤旗」の需要拡大の実を挙げるべきものであり、このような不断の努力を何者にも妨げられずなし得ることこそが「赤旗拡大の自由」の内容なのであつて、たとえ批判攻撃が急でありかついわれなきものであるからといつて、批判者の任意、自発的な意思によらずして沈黙させることまでは、申請人の自由の範囲にはないというべきである。この見地から前認定の職制等の言動をみるとき、その内容が日本共産党に対する批判として当を得ているか否かはさて措き、少くとも右にいう表現の自由の範囲を逸脱したものとは考えられず、未だ申請人の自由権を違法に侵害するものとは認め難いから、その禁止を求めるに由なきものといわなければならない。

なお、上述したところは、申請人が政党の下部機関であることに基く判断であつて、批判攻撃が一私人を対象としてなされた場合は、自由権に対する違法侵害の成否につきやや異る観点から判断さるべきであろうし、また、従業員が党員たることを理由に差別取扱いを受けた場合は、その効力を争い或いは労働法上の救済を求めることができることは勿論であるが、さきにもふれたとおり、右のような主張は本件申請の範囲にはない。

四結語

以上のとおり、本件申請は被保全権利について疏明なきに帰し、また、保証をもつて疏明に代えることも相当でないと解するから、その余の主張につき判断するまでもなく失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。(田川雄三)

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